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甘木歴史資料館は、福岡県のほぼ中央部に位置する朝倉市の考古・民俗資料を展示しています。

TEL. 0946-22-7515

〒838-0068 福岡県朝倉市甘木216-2

常設展示SERVICE&PRODUCTS

 

 甘木歴史資料館では、主として「歴史・民俗」「考古」関係の資料を展示公開しています。
 

 ※9月26日〜9月30日までの期間は、資料館は開館しておりますが、企画展展示替えのため、第二展示室を閉室しております。  ご迷惑をおかけいたします。

ロビー

 1階・2階のロビーでは、常設の消防ポンプやトピック展・自主展示等を行っています。
   「消防ポンプ」
この手押式消防ポンプは、朝倉市高木村で明治〜昭和中期頃まで使用されていました。側面には「高木村第一部」「第一号」「昭和十年三月」とあります。

第一展示室

 第一展示室では、甘木・朝倉地方の行事・農事や生活をたどり、それにちなんだ各種農具・民具等を展示しています。
 また、甘木絞りや櫨蝋製品等の郷土産業を展示しています。
   「飛行機馬鍬」(ひこうきまんが・まが)
馬鍬(まんが・まが)は、馬にひかせて使うクワのことで、固くなった土を砕き、整地する際に使われました。中でも、飛行機の翼のような形からこの名がつけられています。大正時代に考案され、昭和初期頃には全国に普及していたといわれています。
   「甘木絞り」(あまぎしぼり)
甘木絞りは鹿の子絞りを用いた絵画的な表現を特徴とする絞り染めです。かつて甘木地方の主要な産業の一つであり、明治時代には最盛期を迎え、生産高が日本一を誇りました。大正時代には広く東南アジアまで輸出されたといわれています。
   「櫨蝋」(はぜろう)
享保の飢饉後、福岡藩によって積極的に櫨の栽培の奨励が行われ、上座郡・下座郡に大量に植栽されました。明治時代には筑前が全国一の産地であり、その中で甘木朝倉地方は最大の収穫量となりました。しかし世界情勢などにより次第に衰退していきました。
    「甘木飴」(あまぎあめ)
江戸時代、甘木は筑前・筑後・肥前・肥後・豊前・豊後の6か国の人が来る交通の要所であり、商いが盛んでとても賑やかでした。その甘木町の名物が饅頭や飴です。
展示品は博多の黒門飴の機械・製品ですが、甘木飴も同じように作られていたといわれています。

第二展示室

 第二展示室では、朝倉市郡周辺の発掘調査等で発見された考古遺物を中心に展示しています。
   「曽畑式土器(柿原野田遺跡)」(そばたしきどき)
柿原野田遺跡(かきばるのだいせき)は縄文時代前期の竪穴状遺構や中近世の掘立柱建物跡・井戸が発見された複合遺跡です。遺物は曽畑式土器の他に轟式土器や石器などが出土しています。
   「三角縁神獣鏡(神蔵古墳)
神蔵古墳(かんのくらこふん)は古墳時代前期に造られた前方後円墳で、主体部は既に盗掘を受けていましたが、三角縁神獣鏡をはじめ鉄剣・鉄製鋤先などが出土しました。また、墳丘の下から住居跡が確認され、古式土師器などが出土しています。
   「横矧板鋲留短甲・鋲留衝角付冑(小田茶臼塚古墳)
(よこはぎいたびょうどめたんこう・びょうどめしょうかくつきかぶと)
小田茶臼塚古墳(おだちゃうすづかこふん)は全長63mの前方後円墳です。石室は古いタイプの横穴式石室の形態をとっています。
古墳内部から甲冑・鉄刀・馬具・大型須恵器甕などが出土しています。
   「楢原の血経・経筒」(ならはらのけっきょう・きょうづつ)
宝暦5年(1755)朝倉市楢原の虚空蔵寺跡を開墾中に発見された経筒です。経筒は鋳銅製で、経文が朱書きであることから、血を用いて書かれたとも言われています。

屋外展示

 屋外では、庭園を利用した展示を行っています。
   「朝倉の三連水車」
水車を新調するにあたり、平成26年(2014)まで使用されていた菱野の三連水車のうち一番小さいものを譲り受け、展示しています。
    「国境石・郡境石・支石墓・箱式石棺墓」
国境石・郡境石は国(筑前と筑後)や郡(上座と下座と夜須)の境を示す石です。国境石には「従是南筑後国」「従是北筑前国」とあります。
支石墓は縄文時代の畑田遺跡で発見されたものです。
箱式石棺墓は立野遺跡で発見されたものです。
     「経塚(三奈木大佛山遺跡)
この経塚は三奈木大佛山遺跡(みなぎだいぶつやまいせき)で発掘された経筒の複製品を用いて、復元したものです。


バナースペース

甘木歴史資料館

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FAX 0946-22-7515

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