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【観光マップ】秋月城下町
甘木の中心市街地から北へ7km。
秋月は、標高約860m(859.5m)古処山の麓の町で三方を山で囲まれ、南に開けた町です。地理的に攻めにくく、守りやすい盆地にあります。
中世に秋月氏が古処山に山城を築き、秋月氏16代、近世になって黒田氏が12代と城下町としての歴史は大変古く、現在の街並みは黒田氏によってつくられました。
天正15年(1587)戦国時代豊臣秀吉の九州征伐の際、秋月種実は徹底抗戦を決めます。重臣の恵利内蔵助暢尭(えりくらのすけのぶたか)は秀吉軍の強大さから勝ち目がないと和睦を進めますが聞き入れられず、家族もろとも死を持って止めようとしました。その場所に記念碑が建っています。(恵利暢尭殉節碑)
明治初頭までは城下町として賑わっていたのですが、秋月の乱で武家の没落と主要幹線から離れた立地によい近代化や開発から取り残され、結果として、城下町の姿は残りました。
国の重要伝統的建造物群保存地区は全国では126地区、その中で城下町は4地区あり(令和3年8月2日現在)、町のほぼ全体が指定されているのが、秋月の特長です。
町割り、屋敷割り、道路網と水路網、城館跡、武家屋敷、町屋の城下町の様子が周辺の自然景観、田園景観と調和し、歴史的風致となっています。
※外国語マップ
【English】 [PDFファイル/5.0MB]
【中文(繁体字)】 [PDFファイル/2.18MB]
⇒「秋月の歴史」をダウンロード [PDFファイル/1.97MB]
秋月城下町の四季

【夏】 目鏡橋

【冬】 秋月城跡「長屋門」
関連情報
秋月ゆかりの人物
戦国時代に活躍した人
江戸時代に活躍した人たち
- 秋月藩初代藩主 「黒田 長興(くろだ ながおき)」 (1610~1665)
- 我が国種痘の祖 「緒方 春朔(おがた しゅんさく)」 (1748~1810)
- 秋月藩中興の祖 「黒田 長舒(くろだ ながのぶ)」 (1765~1807)
- 秋月藩の学問振興に尽くした 「原 古処(はら こしょ)」 (1767~1827)
- 秋月藩の財政再建に奔走した 「間 小四郎(あいだ こしろう)」 (1787~1855)★
- 町医者にして文人 「佐野 東庵(さの とうあん)」 (1795~1858)★
- 秋月の生んだ女流漢詩人 「原 采蘋(はら さいひん)」 (1798~1859)★
近現代に活躍した人たち
- 邑に「学び舎」を起こした 「井上 節堂(いのうえ せつどう)」 (1838~1912)★
- 初めての国会議員 「香月 恕経(かつき じょけい)」 (1842~1894)★
- 新聞人、教育者、歌人(雅号比露思) 「花田 大五郎(はなだ だいごろう)」 (1882~1967)
- 西行・良寛・愚庵を敬慕した歌人 「大坪 草二郎(おおつぼ そうじろう)」 (1900~1954)
- 戦後司法界の功労者 「馬場 義続(ばば よしつぐ)」 (1902~1977)
※★は幕末・維新の時代(1854年日米和親条約締結による開国~1877年西南戦争)に生きていた人です。









