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| 【名称】 | 山田堰 |
|---|---|
| 【所在地】 | 朝倉市山田 |
| 【概要】 | 山田堰は、江戸時代に干ばつで苦しむ農民たちを救うため筑後川右岸の耕地を水田化するために設けられた井堰です。享保7(1722)年以降形を変え、現在の形となったのは1790年です。その後、幾度も大洪水に見舞われますが、現在も当時の形を留めています。 山田堰から取られた水は、約652haの農地を潤しています。 堰は、水門、導水路、砂利吐き、中舟通し、南舟通しなどが、石張りを用いて構成されています。石張りの斜め堰は日本の伝統的な築堰法ですが、筑前と筑後の国境という地理的制約があるなか、当地の筑後川の屈曲や瀬の形状に合わせ、砂利吐きや舟通しを設けることで、巧に土砂を吐くとともに、用水の安定化を図ったものと考えられます。先人の知恵と技術の結晶であり、朝倉市の輝かしい文化です。2014年には、「世界かんがい施設遺産」に登録されました。 また、2018年、堀川の恩人と慕われる古賀百工の生誕300年を迎えました。 |
| 【お問合せ】 |
山田堰土地改良区 (電話)0946-52-0531 |


2019年12月に亡くなった中村哲医師は2010年に山田堰をモデルとした取水堰をアフガニスタンに築造しました。現在では1万6500haの荒野を農地に変え、アフガニスタンの復興支援の灌漑用水モデルとして活用されています。
中村医師は、世界各地で「山田堰」について発信し、堰の保全や知名度アップに貢献されました。
また、2021年には、山田堰のすぐそばにある山田堰展望広場に、中村哲医師の肖像画と言葉が刻まれた記念碑が建てられました。

アフガニスタンでの中村哲医師

記念碑(山田堰展望広場)
| 寛文4(1664)年 | 大旱魃を機に筑後川から取水し、堀川用水を開削。150haを開田する。 |
|---|---|
| 享保7(1722)年 | 取水口を現在の位置に移し、岩盤をくりぬいた切貫水門とする。 |
| 明和元(1764)年 | 5年の歳月をかけて堀川用水を延長し、灌漑面積を370haに拡大する。 |
| 寛政元(1789)年頃 | 三連水車が完成する。 |
| 寛政2(1790)年 | 古賀百工により総石張りの山田堰が完成。灌漑面積を488haに拡大する。 |
| 大正2(1913)年 | 大福村他3ヶ村堀川土木組合を設立する。 |
| 昭和30(1955)年 | 大福村他3ヶ村堀川土木組合を廃止し、朝倉郡山田堰土地改良区を設立する。 |
| 昭和56(1981)年 | 山田堰の大改修を行う。 |
| 平成2(1990)年 | 「堀川用水及び朝倉揚水車」が、文化財保護法に基づく国の史跡に指定される。 |
| 平成18(2006)年 | 堀川用水が農林水産省の「疎水百選」に認定される。 |
| 平成20(2008)年 | 「堀川の環境を守る会」が結成され、堀川用水のクリーンアップ活動を開始する。 |
| 平成22(2010)年 | 朝倉地区の小学4年生を対象に、熊本県小国町で水源林体験学習を開始する。 |
| 平成26(2014)年 | 国際かんがい排水委員会(ICID)が認定する「世界かんがい施設遺産」登録。 |

山田堰

堀川用水
所在地:朝倉市山田161(水神社)
地図1:水神社<外部リンク>
地図2:木の丸山公園駐車場<外部リンク>
地図3:山田堰展望広場<外部リンク>
JR鹿児島本線「二日市」駅下車
⇒西鉄バス「JR二日市」⇒(西鉄バスで約61分)⇒西鉄バス「恵蘇ノ宿」
⇒(徒歩約10分)
※西鉄バスは[40]または[41]の[普通]杷木行をご利用ください。
西鉄天神大牟田線「朝倉街道」下車
⇒西鉄バス「朝倉街道」⇒(西鉄バスで約55分)⇒西鉄バス「恵蘇ノ宿」
⇒(徒歩約10分)
※西鉄バスは[40]または[41]の[普通]杷木行をご利用ください。